高校生のころ、片岡義男の世界にはまった。
 それは〝はまった〟という表現がぴったりで、月初めの夕刊の今月の新刊情報をチェックしては片岡義男の名前を探すほどだった。
 きっかけは小説だった。『スローなブギにしてくれ』や『人生は野菜スープ』などはそれまでわたしが読んでいた小説とはまったく違うもので、文壇的呪縛のようなものから自由で新鮮だった。
しかし片岡義男の世界に落ちたのはエッセーからで、『コーヒー もう1杯』はそれこそ擦り切れるほど読み返したものだった。
 ハワイを知ったのも片岡義男からだ。わたしのハワイは片岡義男の世界のハワイだった。
 はじめてのハワイへは家族といった。しかし家族とわたしの目的はまったく違った。妻は観光やショッピングがお目当て。子どもたちは海やプールで遊ぶことしか興味はなかった。しかしわたしはホノルルのブックストアーでリチャード・ブローティガンの『アメリカの鱒釣り』を探すことや、スーブニールショップで火山のビデオを探すことで頭がいっぱいだった。
 その旅はマウイ島へ3泊、オアフ島へ3泊というあわただしいものだった。移動を考えると1週間ほどの旅ならどちらかの島に絞るべきだと後になって反省するのだけれど、ハワイへ行くのならどうしてもマウイ島ははずせないと思っていた。
 理由はひとつ。片岡義男には『ラハイナまで来た理由』というハワイを舞台にした短編集があったからだ。もちろんその本を持参した。ラハイナのカフェで、マウイ島のビーチで、私はその短編集を読み返した。
 その本には片岡義男のハワイがあった。わたしの目のまえにはわたしのハワイがあった。それは必ずしも一致しない。しかしそれはそれでいい。わたしにはラハイナまで来る理由があったのだから。

関連記事

  1. 2020.7.18

    I Stand Alone.

    お知らせです。はじめての本が出版されます! 自主出版のあまい囁きやゴ…

    I Stand Alone.
  2. 2021.4.21

    命のバトンを、希望のバトンへ。

    昨年の11月に、アドベンチャーワールドでパンダの赤ちゃんが生まれました。…

    命のバトンを、希望のバトンへ。
  3. 2023.5.4

    室蘭の焼き鳥

      焼き鳥といえば、肉は鶏という思い込みは旅の途中で消えた。 職人をめぐる取材の旅で…

    室蘭の焼き鳥
  4. 2019.12.21

    距離を置く。

    1年ほど前、うっかり床に落として動かなくなった時計。親父の形見で、もう40年も前のも…

    距離を置く。
  5. 2019.11.24

    人生で一番聴いた「アルバム」。

    FM COCOLOのメンバーがアルバムというパッケージ作品にこだわって愛着のある作品…

    人生で一番聴いた「アルバム」。
  6. 2020.12.30

    希望と、共に。

    今年も、なんとか仕事を納めることができました。社員と、恒例の、納会。思えば、たくさん…

    希望と、共に。
  7. 2023.5.3

    New York Stats On My Mind

     「野球をみにいこう」 はじめてニューヨークへいったとき、連れのひとりがそういった。仲間…

    New York Stats On My Mind
  8. 2023.3.18

    古本とラジオ

    劇場で「丘の上の本屋さん」、試写会で「午前4時にパリの夜は明ける」を観た。 …

    古本とラジオ
  9. 2019.9.1

    カーマイン・ストリート・ギター

    観終わったあと、思わずギターが弾きたくなる。そんなにうまくはないけどね。ニューヨ…

    カーマイン・ストリート・ギター