旅へでると半端な時間に思案することがよくある。どこかへ行くには時間が足りない。カフェで潰すにはもったいない。そんなとき私はスマートフォンを取り出すのだ。

 グーグルマップを立ち上げて「古本」と入力する。徒歩圏内にあればしめたもの。どのような背表紙たちが並んでいるのか。想像するだけで時間が前向きになってくる。思いもよらない本との出会いがあれば、その旅に思わぬギフトをいただいたようでうれしくなる。

 青森へ行ったときだった。駅から空港へ向かうバスまで1時間ほど時間が空いた。グーグルマップで調べると徒歩5分くらいのところに古本屋があった。「古書 らせん堂」。迷うことはない。雪を避けながら向かった。

 壁一面に書籍が並んでいる。うれしいことに人文や文学や芸術や思想に関する本が多かった。学生時代に読んだ1冊。まったく知らない1冊。興味のある作家の1冊。本棚から丁寧に取り出して、ページをめくるだけで込み上げるこの気持ちはなんだろう。

 迷いに迷って数冊を購入する。こんな古本屋が大阪にあれば、毎週のように通うのにと青森の本好きがうらやましくなった。店主と自分の好みが近い古本屋に出会うと、その町が一歩も二歩も近くなるから不思議だ。

 私が背表紙たちを追っている間、店主は自分のデスクで本の整理をしていた。口は閉じられているけれど、手は休むことなく動いている。その動作からは本への愛着がひしひしと伝わってくる。「青森にこの本がないという状況にしたくない」というのが店主の想いだそうだ。

 ちいさな古本屋のおおきな希望。その気概に拍手を送りたい。

関連記事

  1. 2020.12.12

    旅の相棒

    日曜日の午後、夕方のハイボールタイムまで、旅の相棒のお手入れ。J. M. WESTO…

    旅の相棒
  2. 2020.10.2

    「I Stand Alone」出版記念公開収録のお知らせ

    お知らせです。立川直樹さんとわたしの本「I Stand Alone〜音楽、映画、アート、…

    「I Stand Alone」出版記念公開収録のお知らせ
  3. 2023.6.22

    ボビーズ・バー、マスター御歳91歳!

     会計をしたときにね、これから女性と会うんですよといえば、バーテンダーはお客さまの手にジ…

    ボビーズ・バー、マスター御歳91歳!
  4. 2023.5.4

    室蘭の焼き鳥

      焼き鳥といえば、肉は鶏という思い込みは旅の途中で消えた。 職人をめぐる取材の旅で…

    室蘭の焼き鳥
  5. 2021.11.12

    新刊『音楽の聴き方』発売決定!

    誕生日も旅の空の下。出張で鹿児島にきています。ありがたいことです。さて、お知らせを1…

    新刊『音楽の聴き方』発売決定!
  6. 2024.5.16

    高村山荘

     空港のすぐそばにあると知ったのは最近のことだった。降り立つ機会があれば、延泊し…

    高村山荘
  7. 2023.5.3

    香港の万年筆

      万年筆を使うようになったのは30代前半からだ。 昭和の作家は原稿用紙のマス目に彫刻す…

    香港の万年筆
  8. 2024.5.19

    能舞台

     黒澤明監督は、自分にとって、芸術のなかで、見せる芸術のなかで、最も大切なのは能だと公言…

    能舞台
  9. 2020.1.13

    つつんで、ひらいて

    1万5千冊をデザインした装幀者・菊池信義さんと本をつくる人々のドキュメンタリー、…

    つつんで、ひらいて