焼き鳥といえば、肉は鶏という思い込みは旅の途中で消えた。
職人をめぐる取材の旅で、その年の最後の場所が北海道だった。氷点下の苫小牧、室蘭、小樽とまわってきた。 途中、室蘭で一泊した。仕事の合間に地元の職人と喋っていたとき、室蘭のソウルフードは焼き鳥で、その肉は豚と教えられた。焼き鳥で、豚?そのときプルーストの『失われた時を求めて』ではないけれど、なつかしい記憶が甦ってきた。北海道出身の友人が、ちいさいときは焼き鳥といえば豚だったと話してくれたことがあったのだ。
その昔、日中戦争のさなか、北海道では軍人の靴の素材にするために豚の飼育が奨励された。もちろん精肉と皮は国へ献上するのだけれど、それ以外は自由にしていいということで、その肉を食べる文化が育まれたという。
戦後、ブロイラー鶏が流通するまでは、鶏はとても高価で、庶民が気軽に手がのせる食材ではなかった。せめて豚のモツで代用したものを〝焼き鳥〟と呼び、心だけでも富豪であろうとする意気地が室蘭の焼き鳥を育んでいった。
その土地で生き延びるための知恵と工夫が、その地の名物になることはよくあることで、仙台の牛タン文化はその好例だろう。大阪のホルモン焼きも元々は放る、つまり捨てる肉をなんとか食べようとあの手この手を尽くした、名もなく貧しい庶民の知恵の賜だ。
仕事を終えて、ホテルに荷物を置くと、カメラマンと凍った道をそろりそろりと歩きながら〝焼き鳥〟の人気店へ行った。いまは豚モツ以外にもほんとうの〝焼き鳥〟もいただけるけれど、やはり注文したいのは室蘭で食べる室蘭の〝焼き鳥〟だ。
目を瞠るという味ではない。おそらく東京などでは馴染みの一品であり、味であると思う。しかし地元の人の話し声をBGMに食べていると、旅にでているという気持ちがわいてきて、しみじみと夜が開いていった。旅先の美味は、金額ではないのだ。